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社交不安障害者とは

 こんな思い違いしていませんか?


  これから書くことはウソのようで本当のことです。
  確かに、これから書くことを否定したくなる人もいると思います。 しかし、これを否定して
  社交不安障害の症状が出ることは絶対にありません。もし、否定しながらも社交不安障
  害の症状が出るというのなら、あなたは社交不安障害なのではないのかもしれません。

 社交不安障害の根底にある、とてもとても重要なことを、明らかにしていきましょう。もしかしたら、「そう
 だったんだ・・・」と初めて驚きを見せる人もいるかもしれません。



「私はダメ人間」だというウソ

 社交不安障害の人がネット上でよく使う言葉のひとつに「私はダメ人間」というものがあります。何を
 もってそう言っているのかわかりませんが、本当に心底そう思っているのなら社交不安障害にはなり
 ません。

 なぜなら、自分に強い欲求がなければなければ社交不安障害にはならないからです。社会不安障害
 の人は、ものすごく強く大きな欲の塊の持ち主なのです。本当に「私はダメ人間」だと思っている人に
 「こうしたい」「こうなりたい」といった強い欲求などありません。だから「社交不安障害者=ダメ人間」と
 いった形はありえないことなのです。

 「社交不安障害者=ダメ人間になりたくない人」というのが正確な形です。
 そして、その方程式のなかで関係してくるのが自己呈示(じこていじ)というものです。



社会不安の強さ=自分をよく見せたいという欲求+自分をよく見せれる自信

 自己呈示・・・他者から見られる自分を意識しながら、他者から見た自分の姿を自分にとって
         望ましいものにしようとする行為


 「自分をよく見せたいという欲求」というのは、自己呈示と言えます。ここでのポイントは、「自分に
 とって」ということです。他人から見た基準ではないと言うことです。だから、社交不安障害の人は「自
 分がいいと思う自分」に近付けようとします。そのことにプラスして、近付ける自信が社会不安の強弱
 には 関わってきます。

 そして、「自分をよく見せたいという欲求」と「自分をよく見せれる自信」は社交不安の強弱だけではなく、
 社交不安障害になる理由でもあります。

 逆を言えば、
  ・自分をよく見せたいという欲求がない
  ・自分をよく見せれる自信がある     と思えれば、社交不安障害にはならないのです。



「任せる」 「甘える」 「与える」

 これは私が考える、社交不安障害の人に大切だと感じる3つのことです。

 自分だけで問題を抱え込まず、時には周囲の人に「任せる」「甘える」ということはとても大切なこと
 です。これは、社交不安障害の人に関わらず、多くの人に言えることかもしれません。心の問題を
 起こさせないいちばん効果のある心構えだと言えます。

 では、「与える」って何でしょうか?
 一見、意味の分からない言葉かもしれませんが、これが本当に本当に大切なことです。もしかしたら
 この真実をみなさんに伝えたいために、このサイトを運営しているのかもしれません。

 怒らずに聞いてください。
 社交不安障害の人は、実はものすごく傲慢(ごうまん)で、常に人の上に立っていたいという気
 持ちがある
のです。だから、決して心の弱い人間ではないのです。まさにその逆なのです。

 ただ、人前に出ると緊張してその場から逃げてしまう人は社交不安障害ではありません。
 常に人より優位な位置にいたいという思いが、緊張の裏に存在して初めて社交不安障害の可能性が
 考えられるのです。


 社交不安障害を引き起こす要因で説明させていただいたように、社会不安障害の症状が起こるには
 3つの要因があります。

  ●社会的パフォーマンスに関する高い基準
  ●社会的評価に関する条件付けられた信念
  ●自分自身に関する無条件の信念

                    〜参考・引用文献〜
                      『はじめての臨床社会心理学』 有斐閣 坂本真士・佐藤健二編


 この3つの要因は、常に人より優位な位置(立場)にいたいという思いが関係しているように思われます。
 しかし、人間ですから常にそのような位置にいることは不可能です。その不可能なことを社交不安障害
 の人は無理矢理可能にしようとしているのです。だから、当然のことのように問題が発生するのです。

 その反面、多くの人はその場その場の自分の置かれた状況において自分の位置を調整するのです。
 自分が主役ではない人との集まりでは、常に脇役にまわり主役を盛り立てようとします。

 人においしいところを「与える」ということがわかっているのです。

 しかし、社交不安障害の人は自分が脇役であっても、自分が主役のように振舞ってしまうのです。
 その無理した振る舞いは、あとあと大きな疲労感としてどっと押し寄せます。広い意味において「与える」
 といったことを学んでいくしか打開策はないように思います。

 「おいしい蜜、自ら周囲の人に譲ってみませんか?」




これは、ある社交不安障害だった人の言葉です。

 「すべてにおいて人より一歩秀でたいという
                    
傲慢な自分に気付きました」



   

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